海のサイエンスカフェ

日本海洋学会教育問題研究会



第3回「海のサイセンスカフェ」事前質問への回答

2009年4月5日に開催しました第3回「海のサイセンスカフェ」のウェブサイトで事前に寄せられたご質問の回答を以下に示します。

文責:この回答は、第3回「海のサイセンスカフェ」を企画した市川洋と話題を提供した中野英之の2名の個人的見解であり、日本海洋学会および日本海洋学会教育問題研究部会の考えを代表するものではありません。

作成日:2009年6月12日

<ご質問1>

●最新の情報を交えた、学術的なCB(コンベアベルト)の定義について教えてください。

 表層、中層、深海、極地海域の熱塩循環など、どの海流がCBに含まれるのでしょうか。
 CBはひとつの長大な循環と支流的な小さな循環の集まりでしょうか、それとも局地的な循環が複合的に集まってできた複雑な循環なのでしょうか。
 CBの分布(特に深海流)は、どれが仮定によるもので、どれが観測により確認されているものでしょうか。
 深海、中層流の流れる場所、方向、温度、密度などの観測方法について教えてください。

<お答え>

GCB(グローバルコンベアベルト)は現実の海流をつなげた一連の流れではなくて、世界の海の表層と深層をめぐる海水の経路を模式的、概念的に表したものです。このGCBという概念が使われるのは、たとえば大西洋の深層の物質が太平洋の深層に運ばれることを説明する際に、「北大西洋深層」から、「南極周極流」を通って…など細かく言うよりも、「GCBによって運ばれる」と述べる方が簡便であるためです。したがって、以下に述べるように、細かく見ればGCBは現実のすべての海流の各々に対応してはいません(アルファベットをつけた海流については、だいたいの流路はわかっていますが、その時間変化の特徴や流路・流量の長期平均は完全には分かっていません)。

大西洋北端をスタート地点として大西洋の南端までの西側底層を南下する流れ部分は、「a.北大西洋深層水」の流れにおおむね相当します。そこからオーストラリアの南までは、南極を一周する「b.南極周極流」の一部といえます。また、そこから北上する深層の流れは「c.南極周極流からの重い水(周極流深層水)が太平洋に入っていく流れ」に相当します。北太平洋北部で深層から、表層に行く経路はまだよくわかっていません。西方に向かう流れは「d. 北赤道海流」に相当するともとれますが、図はたぶん特定の表層の流れを意識していないと思われます。インドネシアを太平洋からインド洋に通過する流れは「e. インドネシア通過流」に相当します。そこからアフリカに向かう流れも特定の流れを指しているのではないと思います。アフリカ南端では「f. アガラス海流」に、アフリカ東海岸では「g. ベンゲラ海流」にそこからは、「f. 赤道海流」、「g. メキシコ湾流」、「h. 北大西洋海流」などを経て、もとの場所に至ります。

深層や中層における水温と塩分は観測船からCTDと呼ばれる装置をワイヤーで吊り下げることによって測定されています。このようにして測定された水温と塩分から海水密度の分布を得ることができます。

地球自転効果(コリオリ力=流速×コリオリ係数)と圧力傾度(圧力の変化の度合い)が釣り合っているという近似(地衡流近似。現実の海では高い精度で成り立っている)を考えると、海水密度の分布(圧力の分布)から流れを推定できます。また、水温と塩分の源は海中にありません(海底からの加熱や淡水湧出の影響は小さい)から、水温と塩分の組み合わせから「その海水がどこからきたのか」についての情報を導き出すことができます。

深層や中層における流れの多くは、このような方法で求められています。流速計を用いた流れの実測も行われていますが、その数は限定的です。

<ご質問2>

●最新の情報を交えた、CBが発生するメカニズムについて教えてください。

 熱塩循環と表層で起こる風成循環がCBをドライブする力なのでしょうか。
 表層と深層の海流が、極地海域での限定的な循環に留まらず、赤道を越えて地球的な循環になる理由は何故でしょうか。
 表層海流と深層海流が、赤道を越えられる理由を教えてください。

<お答え>

GCBは、複数の、現状の流れを組み合わせてつくった概念的なものですので、「GCBをドライブする力」のような具体的な力を考えることはせず、個々の深層循環や表層循環に何が影響しているのかを考えます。

強いて「GCBをドライブする力」という言葉を使うとすれば、GCBが物質輸送に与える影響などが、個々の影響の重ね合わせだけで判断つかない振る舞いをする場合に、それぞれのGCBを構成する海流を駆動する力を総合的にとらえて、「GCBをドライブする力」と考えることができるかもしれません。ただ、これはこれからの研究課題であり、簡単に説明できるようなものではありません。

なお、表層の循環は主として海上の風の分布で生じています。深層の循環は主に熱塩循環で作られており、GCBは深層の循環と表層の循環の連なりからなっています。

深層循環が極地海域での限定的な循環に留まらず、地球的な循環になる理由は、世界の海はつながっており、世界で一番重い水が全球の深層をしめてしまうからです。もし、世界の海が海底の平らな四角形だとしたら、南端か北端のどちらかでつくられた、より重いほうの海水が全世界の深層を占めます。現在の気候では、南極周辺とグリーンランド周辺の二つの深層水形成領域があるのは、南極の周りを回る周極流が、南極周辺の海水が世界中の深層を占めるのをブロックしているという特殊な事情によります。

<ご質問3>

●最新の情報を交えた、熱塩循環のしくみについて教えてください。

 発生する場所。
 発生する原因。
 どのような条件で、熱塩循環は止まるのでしょうか。止まる事はあるのでしょうか。
 熱塩循環が止まった場合の、深海海流への影響。 極地の氷が融解する事による極地海域の真水(低塩水)が増大すると、熱塩循環は止まるのでしょうか。

<お答え>

熱塩循環は、重たい海水が沈み込み、全体または一部で湧昇してまた沈み込み地点に戻るという一連の循環を指します。熱塩循環は、この重い水の、沈み込みと湧昇の双方が駆動源となっています。片方だけでは不十分で熱塩循環は起きません。なお、現在の気候では深層の循環のうち、大規模で定常的な流れの大部分は熱塩循環によって駆動されていますので、熱塩循環が止まると、深層の大規模な運動は非常に弱くなります。

前者の沈み込みが起こるための条件は、表層で作られる水が深層の水よりも重いことです。現在の気候では、この条件はグリーンランド沖と南極周辺において、冷却および、海氷ができるときに排出される塩分の影響により、達せられていると考えられています。そのため、ご質問にあるような極地の氷が融解することで、極地海域の真水(低塩水)が増大して、深層水の沈み込み領域の海水が十分に軽くなって海底まで沈み込むことができなくなったら、そのうちに熱塩循環が止まることになります。

後者の湧昇が起こるための条件は、下層の重い水を上部に運ぶエネルギーが供給されていることです。最近の研究によって、そのエネルギーの主な源は潮汐や風などであり、潮汐が拡散エネルギーに変わるしくみ、潮汐や風などによって生じた拡散エネルギーによる拡散の効果が場所によって大きく異なること、などがわかってきました。

沈み込みと湧昇の双方が必須なために、正確には「熱塩循環が発生する場所」とはひとつに特定できないのですが、現在の気候では湧昇は常に存在するため、熱塩循環の条件として沈み込みだけを考慮した場合は、発生する場所とは、沈み込みの領域である、グリーンランド沖および、南極周辺であるといえます。

<ご質問4>

●CBをドライブする力という視点から見た、表層の海流と深海の海流との因果関係を教えてください。

 深海海流が止まると、表層海流も止まるのでしょうか。
 表層海流が止まると、深層海流も止まるのでしょうか。
 極地海域の循環が止まると、CBは止まるのでしょうか。
 熱塩循環が止まると、CBは止まりますか?

<お答え>

上で答えたように、「GCBをドライブする力」という視点で考えるのは適切ではありませんし、「表層の海流と深海の海流との因果関係」を考えるのも不適切ですが、強いてお答えするのならば以下のようになります。

「深海海流が止まると、表層海流も止まるのでしょうか?」及び、「表層海流が止まると、深層海流も止まるのでしょうか?」に対しては、それぞれ、前者が後者の成因に非常に寄与している場合は、たぶん止まるでしょう。たとえば、北大西洋深層水の形成が止まると、北大西洋海流からメキシコ湾流の寄与を抜いた分は、かなり弱くなると考えられます。しかし、繰り返しますが、表層の海流と深海の海流のどちらが原因でどちらが結果とは言えません。

また、「極地海域の循環が止まると、CBは止まるのでしょうか?」、及び「熱塩循環が止まると、CBは止まりますか?」に対しては、GCBの定義によりますが、現在のGCBを形成している循環が止まれば、現状のGCBは定義により止まりますというのが答えとなります。

<ご質問5>

●CBが及ぼす、極地や各大陸への気候の影響について教えてください。

 北大西洋海流が止まると、欧州は寒冷化しますか?
 同じく、黒潮が止まる(あるいは日本沿岸から離れる)と、日本は寒冷化しますか?

<お答え>

まず、太平洋の黒潮に相当する大西洋の流れは、メキシコ湾流であり、北大西洋海流ではありません。メキシコ湾流は主に風によって駆動されており、その流れの力は北大西洋深層水の流れなどによりません。一方、北大西洋海流の一部は 北大西洋深層水が深層で南に流れることを補償する流れであり、北大西洋深層水が南に流れなくなると、補償流の部分がなくなり、北大西洋海流も小さくなることが推定されます。

北大西洋海流が運ぶ熱が欧州の大西洋岸で大気に放出されるために、大西洋東岸の欧州は西岸の同じ緯度より温暖になっています(これは事実と考えて良いと思います)。このことから「逆に、大西洋海流が止まると、欧州は寒冷化する」と多くの人は考えていますが、必ずしも正しいとは限りません。北大西洋海流が止まると欧州が寒冷するか否かを明らかにするのは、地球システムは複雑に相互作用しているため、簡単ではありません。たとえば、他の条件(大気の状況)が同じで、北大西洋海流がノルウェー沖に運ぶ暖かい海水が冷たいグリーンランド起源の水などで覆われたら、北大西洋海流が止まらなくても、寒冷化がおこると思われます。

黒潮が止まる場合には、必ず、偏西風が止まる(より正確に言えば、偏西風の強さの南北方向の違いがなくなる)ことが必要となります。その大気場の変化の影響は多大で、どうなるかの想像がつきません。ただ、現状の黒潮の役割として、黒潮が運ぶ熱・淡水が日本海、太平洋日本南岸で大気に放出されることによって、日本は多湿になっているとは考えられています。

<ご質問6>

●地球内部密度とCBの関係について教えてください。

 地球内部密度の差により、海面高度には大きな高低差があるという事ですが、これがCBに影響を及ぼしていますか。

<お答え>

球内部密度の差により生じる海面高度は等重力ポテンシャル面(流れのない静止海面)の平均楕円面からのズレの度合です。海水の運動に関係する海面高度は等重力ポテンシャル面(流れのない静止海面)からのズレの度合です。つまり、等重力ポテンシャル面(流れのない静止海面)には「平均楕円面からのズレの度合」も含まれています。したがって、地球内部密度の差によって生じる海面高度の大きな高低差はGCBに影響を及ぼしません。

<ご質問7>

●CBと大気中の二酸化炭素濃度の因果関係について教えてください。

 海洋は大気中の二酸化炭素濃度に最も大きな影響を及ぼす媒体ですか。
 海洋と大気の二酸化炭素循環は、どれくらい正確に解明されていますか。
 CBの変化が及ぼす大気中二酸化酸素濃度の影響はありますか。

<お答え>

「最も大きな影響」なのか否か、「どれくらい正確」なのか、をお答えするのは困難です。「大きな影響を及ぼしている」、「海洋と大気の二酸化炭素循環の解明が進んでいる」ということは言えますが、それ以上は、現状では、言えません。

「GCBの変化が大気中二酸化酸素濃度に及ぼす影響」があるという考え方が提案されてはいます。

<ご質問8>

●CBと氷河期との関係について教えてください。

 氷河期・間氷期とCBの変化の因果関係についての論文、仮説がありますか。

 もしあれば、その概要について教えてください。

<お答え>

因果関係ということで、(1) GCBの変化 --> 氷河期・間氷期の間の遷移 : と、(2) 氷河期・間氷期の間の遷移 --> GCBの変化: とに分けて考えます。

(1) については、氷河期・間氷期の間の遷移はほぼミランコビッチ理論(日射の長期変動)で説明できるというのが通説です。つまり、GCBは、現在わかっているデータの範囲では、氷河期・間氷期の間の遷移がGCBの変化によって引き起こされたという明確な証拠は見つかっておりません。

(2) については、GCBに限らず、様々なレベルで海洋の循環が変わるかと思われますが、最終氷河期から現在の間氷期にいたる遷移を除いては、詳細はわからないというのが現状です。